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学ぶ人への約束

私たちは、心理学を知るためだけに集うのではありません。

本当の自分を生きるために、自分自身について学び、人について学び、人生について学び続けます。

そして、そこで得た学びを知識だけで終わらせず、日常の中で確かめ、実践し、少しずつ自分自身の力として身に付けていきます。

ココロの達人®︎は、完成した人が集う場所ではありません。

人生から学び続ける人たちが、互いの領域を尊重しながら、共に学び、共に育てていく文化です。

そのために、私たちは次のことを大切にします。


第一条|本当の自分を生きる

私たちは、誰かになるためではなく、

本当の自分を生きるために学びます。

ここでいう「本当の自分」とは、好きなことだけをする自分でも、誰にも頼らない自分でもありません。

また、自分の中のどこかに隠れている、固定された自分を見つければ完成するという意味でもありません。

人は、人生の経験を通して自分を知り直し、価値観を確かめ直し、選択を重ねながら生きていきます。

自分を理解し、現実を見つめ、他者の領域を尊重しながら、自分で考え、自分で判断し、自分で選び、その選択を自分自身の人生として引き受けて生きていく。

その生き方を大切にします。

引き受けるとは、自分を責めることでも、選び直してはいけないということでもありません。

結果から学び、必要であれば考え直し、もう一度選ぶことまでを含みます。


第二条|知るから、身に付けるへ

私たちは、知識を増やすことだけを目的にはしません。

知る → わかる → 行う → できる → 分かち合う → 生きる → また、新しく知る

学んだことが、自分自身の理解となり、日常の中で実践され、人との関係へ広がり、やがて生き方へ溶け込んでいく。

その過程全体を、私たちは「身に付ける」と考えます。

できなかったときには、また学びへ戻ります。

「生きる」は完成ではありません。

成長の6ステップは、一直線に上る階段ではなく、人生を通して巡り続ける学びの循環です。

人生が続く限り、私たちの学びも続きます。


第三条|自分で考え、自分で判断し、自分で選ぶ

私たちは、人生の答えを誰かへ預け続けません。

人の意見を聞いてもいい。専門家へ相談してもいい。支えてもらってもいい。助けを求めてもいい。

そのうえで、自分自身でも考え、自分自身で判断し、最後は自分自身で選びます。

人生の主体を、自分自身へ戻していく。

その力を育てます。

講師がいなければ判断できない状態を、学びの完成とは考えません。

講座を離れたあとも、自分で確かめ、判断し、選び直せること。

講座からの自立もまた、教育の成果です。


第四条|事実から学ぶ

私たちは、弁解によって自分を守ることより、まず、何が起きているのかを見つめます。

弁解よりも、事実。

しかし、事実を見ることは、感情を無視することではありません。

何が起きたのか。自分は何を感じたのか。どのように受け取ったのか。まだ確かめていないことは何か。

それらを丁寧に分けて見つめ、そこから何を学べるのかを考えます。

事実を見ることは、自分を責めることではありません。

現実へ戻り、次の選択を可能にすることです。


第五条|正しさよりも、成長

私たちは、誰が正しいかを証明することだけを目的にしません。

自分の考えが、いつも正しいとも考えません。

正しさよりも、成長。

正しさが必要な場面はあります。

しかし、正しさだけにとどまり続けると、関係や学びが止まってしまうことがあります。

間違えることも、できないことも、考え直すこともあります。

大切なのは、事実から学び、必要なら、自分自身の考えや選択を見直せることです。

正しさを否定するのではなく、その先にある成長まで見つめます。


第六条|比較するより、自分自身を観察する

人には、それぞれ異なる人生があります。経験も、歩幅も、学ぶ時間も違います。

だから、誰かと同じ速さで進む必要も、誰かより優れる必要もありません。

私たちが見つめるのは、誰かとの順位ではなく、

今、自分自身に何が起きているのか。

です。

変わったか、変わっていないか。できたか、できなかったか。それだけで自分を評価するのではなく、自分自身を理解するために観察します。

成長の6ステップも、自分自身の人生を生きるための10の力も、人を評価するための基準ではありません。

「今の私は、何を学んでいるのだろう。」

と、自分自身を振り返るための成長の地図として使います。


第七条|心を敵にしない

不安、怒り、悲しみ、恐れ、寂しさ、迷い。

私たちは、こうした感情を、単純に悪いものとして扱いません。

感情をなくそうとするのではなく、自分の中で何が起きているのかを見つめます。

心を支配するのではなく、心を理解し、心とともに選べるようになること。

感情があることと、感情のままに行動することは同じではありません。

無意識の反応だけに人生を決めさせず、反応と行動の間に、自分で考える時間をつくります。

心の声を聞き、現実を見つめ、他者の領域を尊重し、そのうえで自分自身が選べる余地を育てていきます。


第八条|人を変えようとしない

私たちは、誰かを自分の望む人へ変えようとはしません。

正しい生き方を押し付けません。本人の人生を代わりに決めません。

なぜなら、

変化の主体は、本人だからです。

私たちができるのは、知識を届け、問いを渡し、必要な視点を示し、話を聞き、学びと実践の環境を整えることです。

そして、本人が持っている、考え、判断し、選ぶ力を尊重します。


第九条|互いの境界線を尊重する

私たちは、人とのつながりを大切にします。

しかし、つながることと、相手の領域へ入り込むことは違います。

話したくないことを無理に話す必要はありません。誰かの問題をすべて背負う必要もありません。助けることと、代わりに生きることも違います。

自分の領域を大切にしながら、相手の領域も尊重する。

境界線とは、人を遠ざけるための壁ではありません。

自分と相手の両方を、一人の人間として尊重するための線です。

相手を尊重するために、自分を犠牲にし続けません。

自分を尊重するために、相手の領域を侵しません。

その境界線を、安心して学び続ける文化の基盤とします。


第十条|役割を尊重しながら、共に学ぶ

ココロの達人®︎には、講師と受講者という役割があり、それぞれに異なる責任があります。

しかし、講師が完成した人になるわけではありません。受講者が、答えを受け取るだけの存在になるわけでもありません。

講師も受講者も、それぞれの人生を生きる一人の人間です。

役割の違いと境界線を尊重しながら、共に人生から学び続けます。

ただし、役割が違う以上、すべての人が同じ責任を負うわけではありません。

講師と運営は、学びの場を整え、情報と影響力を持つ立場として、より重い説明責任と境界線保持の責任を負います。

講師としての立場や信頼を使って、受講、継続、発言、個人的な開示、特定の選択を迫りません。

本人の人生の主導権を、講師が握らない。

それを、運営上の約束とします。


第十一条|人を急がせない

人には、それぞれの時間があります。

今すぐ動くことが必要なときも、立ち止まることが必要なときも、考える時間が必要なこともあります。

だから私たちは、不安を煽って決断を迫りません。

「今すぐ変わらなければならない」とも伝えません。

速さよりも、深さ。

誰かに動かされるのではなく、自分自身で確かめ、納得し、自分自身で選ぶことを大切にします。


第十二条|学びを人生へ持ち帰る

講座の中で理解できたことが、それだけで人生へ身に付くわけではありません。

家庭で。仕事で。親子で。夫婦で。友人との関係で。そして、自分自身との関係で。

学びを実際に使ってみる。うまくいかなければ、また振り返る。できなかった経験も、すぐに失敗と決めず、次の理解と選択へつなげる。

人生そのものを、学びの場として生きる。

それが、ココロの達人®︎が大切にしている「学ぶ生き方」です。

講座は、人生の代わりではありません。

人生から学べる自分を育てるための、学びのフィールドです。


第十三条|「知らない」と言える余白を持つ

私たちは、すぐにわかったことにしません。

「知らない。」「まだわからない。」「もう一度考えてみたい。」と言える余白を大切にします。

疑問を持ってもいい。違和感を持ってもいい。講師と異なる考えを持ってもいい。すぐに納得できなくてもいい。

答えを受け入れる前に、自分自身で確かめる。

ここでいう「心の法則」とは、すべての人に同じ結果をもたらす絶対的な公式ではなく、自分自身と人との関係を理解するための手がかりです。

知り、自分の人生と照らし合わせ、日常で試し、自分自身で確かめます。

その柔軟さを、学び続けるための大切な姿勢とします。


第十四条|学び続ける

私たちは、完成を目指して学ぶのではありません。

人生が続く限り、新しい出来事に出会います。今までわかっていたことが、またわからなくなることもあります。できていたことが、できなくなることもあります。

そして、そこからまた学ぶことができます。

だから、私たちが考える達人とは、

完成した人ではなく、人生から学び続ける人。

です。

私たち自身もまた、その一人であり続けます。

講師も、運営も、この場所そのものも、できていないことがあれば事実を見つめ、必要であれば問い直し、修正し、学び直します。

変えないものを大切にしながら、変えるべきものは変えていく。

その判断の中心に、次の問いを置きます。

それは、「本当の自分を生きる人が育つ文化」につながっているだろうか。


ココロの達人®︎|三つの判断原則

この憲章の根底には、ココロの達人®︎が正式に定める三つの判断原則があります。

弁解よりも、事実。

自分を守るための説明を重ねる前に、まず、何が起きているのかを見つめます。

正しさよりも、成長。

誰が正しいかを証明することだけにとどまらず、その経験から何を学べるのかを考えます。

速さよりも、深さ。

早く答えを出すことよりも、自分の中で理解し、生き方として身に付いていくことを大切にします。

これらは、誰かを評価するための基準ではありません。

講師・運営・受講者が、自分自身を見つめ、迷ったとき、判断するときに立ち戻るための原則です。


学びを支える姿勢

三つの判断原則に加えて、私たちは次の姿勢を大切にします。

評価よりも、誠実さ。

答えよりも、問い。

人生の主体を、誰かへ預けない。

これらは、三つの判断原則と並ぶ新たな正式原則ではありません。

本人主体と学び続ける文化を、日常の関わりの中で支えるための姿勢です。

「知るから、身に付けるへ。」は教育哲学として、「自分を信じて、自由に生きる。」はすべてを支える信念として、それぞれ異なる役割を持ちます。


ココロの達人®︎の約束

私たちは、あなたを変えようとはしません。

あなたの人生を代わりに決めません。

正しい答えを一方的に押し付けません。

人と比べて優劣をつけません。

話したくないことを無理に話させません。

感情を否定しません。

短期間で劇的に変わることを約束しません。

講師への依存を、学びの成果とは考えません。

私たちがお約束するのは、安心して学べる環境を整えること。考えるための知識を届けること。問いを渡すこと。必要な対話を重ねること。人生へ持ち帰れる学びを育てること。

講座で扱える領域と、医療・心理・福祉などの専門的支援が担う領域を区別すること。

そして、

あなた自身が持っている、考え、判断し、選ぶ力を尊重すること。

です。


人生の燈台として

ココロの達人®︎は、誰かの人生の答えになることを目指していません。

私たちは、人生の燈台のような場所でありたいと考えています。

燈台は、船を引っ張りません。進路を命令しません。目的地を決めません。

ただ、自分自身の現在地や周囲を確かめるための光を示します。

燈台は光を示す。

しかし、進む方向を決めるのは本人。

知識も、心理学も、講師も、講座も、一つの光です。

その光を手がかりに、自分自身を見つめ、考え、判断し、どの道を選び、どの人生を生きるのか。

それを決めるのは、一人ひとりです。

私たちは、

自分自身へ還るための光を、静かに照らす。

そのような存在でありたいと考えています。


この憲章の位置付け

この憲章は、ココロの達人®︎における教育文化と、講師・運営・受講者が共に大切にする約束を示すものです。

受講者だけを縛る規則ではありません。講師と運営も、この憲章の対象です。

ただし、法律上の利用規約、受講契約、プライバシーポリシー、キャンセル規定、個別の安全対応手順に代わるものではありません。

具体的な権利・義務・手続は、それぞれの規約と案内で定めます。

憲章は「何を大切にするか」を示し、規約は「具体的に何を守るか」を定めます。

その役割を混同しません。


結び

人生は、誰かになるためにあるのではありません。

本当の自分を生きるためにあります。

そのためには、知識だけでは足りません。

人生の中で、知り、わかり、行い、できなかったことからも学び、人と分かち合い、少しずつ、その学びを生きていく。

その歩みは、一直線ではありません。

迷うことも、立ち止まることも、選び直すこともあります。

それもまた、人生から学ぶということです。

ココロの達人®︎は、その時間を共に育てる場所です。

そして、ここでの学びが、いつの日か講座という場所を越えて、その人自身の生き方になっていく。

それが、私たちの願いです。


ココロの達人®︎

知るから 身に付けるへ。

そして 本当の自分を生きる。

自分を信じて 自由に生きる。

燈台は光を示す。

しかし 進む方向を決めるのは本人。


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